「一行日記 *二冊目*」へようこそ。

 盲信・母に、まだ創価に片足を突っ込んでいる父。嫁に出た非活動・妹。
 まだまだ創価に囲まれっぱなしですが、それでも毎日生きてます。


 <このブログの更新は2007年5月31日をもって終了致しました。>
 長い間どうもありがとうございました。

7777年07月07日

2007年05月31日

どうもありがとうございました

今まで沢山の方にお越し頂きましてありがとうございました。

少しでもお役に立てばという気持ちから続けてきたブログでした。考えてみれば続けてきたことはエゴだったのかもしれません。皆、創価問題で悩みつつも、本当は自分の中でどう対応すべきか理解されています。ただ自信が無いから、誰かに背中を押してもらいたいだけなのです。いつもその繰り返しをもどかしく思いつつも、返答を続けてきました。

このブログは今日で終わりですが、これからも悩んでいる方がここに辿り着くことがあるでしょう。その時はご自身にこう話しかけて下さい。「自分の感覚を信じて創価問題に取り組む」と。あなたの心はあなたが支配しています。自分を支配するのは、自分です。創価では決してありません。ご自分の気持ちに、素直になってください。あらゆる情報や雑念を排除して、自分の本当の気持ちと向き合ってください。そして要らないと思われるものは流し、必要と思われることだけを留めてください。そうすれば必然的にやるべきことが見えてきます。そしてやるべきことだけやって、あとは笑って創価を捨て、毎日を楽しく生きる、それまでです。

私は「一行日記」に書いたとおり、とても精神を病んでおりました。会社にも行けず、プー太郎にもなりました。今読み返してみると、内容も文章の書き方も凄まじく恥ずかしいです。一行日記が残る限り私は自分の中の創価の一部を残したままなので、心の整理がついた今、本当は削除した方が私の為にもなるのではと熟考したのですが、こんなに更新のないブログですが、それでも皆さんが役に立ったとおっしゃってくれるので、そのまま残しておくことと致します。

しかし、お礼を言うのは私のほうなのです。文章にすると心が整理されて気分が良くなりました。そして皆様に返事をするときは、まるで自分を励まして癒しているかのようでした。厳しいことも書きましたが、それは自分に対しての戒めでもありました。文章を書き、いろいろな経験を思い出しながら、今後続で悩んでいる人に幸せになってもらいたいと、これまたエゴかもしれませんが、祈るような気持ちになりました。自分のことで精一杯で、人生無茶苦茶にしやがった創価めが!といきり立っていた私が、こうして人の前進を祈るような気持ちになれたのです。それはこんな小さな私でも、頼ってきて頂いた皆様のお陰です。皆様の「悩み」をお借りして、私は成長することが出来ました。悩める人、それを相談される人のループで、人は皆、成長していけるのだと感じました。

私は創価問題で悩みましたが、今では悩みとしてはかけらも残っておりません。まだまだ悩んでいる方が沢山いるのに、こんな言い方をするのは不謹慎かもしれませんが、本当にその「悩み」は「宝物」に変わったのです。信じるべきものは何か、自分はどれくらいの器の人間なのか、人はどんなことを求めて生きていくのか、人生の課題とは何か、そんなことを真面目に考える20代を過ごす人など、なかなかいないと思います。この悩みがあったからこそ、私は沢山考え、自分を見つめ、結果として穏やかに生きられるようになったのです。とても充実した自問自答でした。辛い部分もありましたが、それは今の私の人生に直結している、大きな信念にもなりました。

今悩んでいる皆さん、創価問題は必ず解決します。私は一行日記の様な状態から、ここまで回復致しました。絶対に解決すると信じてください。解決できない問題など、ありません。創価など、あなたの人生の素晴らしさ、あなたの命の大切さと比較したら、足元にも及ばないほどに小さなものです。それを自分に起こった悲劇の原因とするのにはとても小さすぎて、まるで空気の分子です。そんなものはふっと息をかけて吹き飛ばして、まるで前から無かったかのように頭の中から消去してください。創価に支配される自分は、創価以外のなにものでもありません。だから創価を手放して、自分に戻ってください。自分が自分でいるということは、自分の感情に素直になって生きることです。創価のことをイヤだと言って、誰にとがめられるでしょうか。もしとがめられたのなら、それは自分がそう思ったからではないでしょうか。

どうかご自分を大切にし、尊厳、自尊心を温めてください。必要の無い人など、この世に存在しません。皆それぞれの課題を持ち、一生懸命に生きています。創価の盲信さんたちは、信じることは時に危うい、狂うと人間はどんなふうになるのか、少人数でなく団体になるとどういうことになるのか、ということを身をもって示して下さっています。もし盲信さんに出会わなかったら、あなたの人生の物差しや常識非常識の天秤に霧がかかって見えていなかったかもしれません。なぜ悩むのかなど考える必要はありません。あなたは自分の良心に従って生きると決めた結果、こうなったのです。自分の人生の物差しや常識非常識の天秤でしっかり測って生きていこうと決めたからです。

創価はこれから縮小していくことでしょう。もはや創価の存在意義がないからです。貧乏人と病人がいない現代だからとよく言われますが、私はそうは思いません。むしろ所得格差が広がり、老人が増え、まるで創価の設立当時の様です。なぜそうは思わないかと言うと、もはや創価には「芯」がないからです。昔は祈りや団結など、芯として揺るぎないものがありました。しかし今は「芯」がありません。教義のねじ曲げによってご本尊に向かう祈りの時間も短くなり、個人主義の発展によって団体として力を合わせて何かをするということも出来なくなってきているでしょう。会員の中には「自分とご本尊の相互関係でのみ信仰」している人も少なくありません。いわゆる自ら好んでの活動放棄です。もう「団体としての活動」も飽和状態なのかと思います。そしてもう一つは、私たち一人一人の「目」です。確実に磨かれてきているので、少しでも悪い評判があろうものなら、近づきません。素直に従うことが出来ないのです。個人主義ともつながるでしょう。全体主義の創価は、まるで自由を奪う時代錯誤な別世界のように見えます。

私はこれから、ネットではこの界隈の問題から卒業し、リアル世界で精一杯、何か創価で無いところで誰かの役に立つことをしていきたいと思います。これからどんな人生が待ち受けているのか、とてもワクワクしています。何が起こるかわかりませんが・・・でも一つ確実に言える事は、信じる対象を自分にしたことです。一行日記の自分は、自身を投げ出し、未来を投げ出し、ただ悲しみに明け暮れることだけをしてきました。今はそんなことをしていた自分が恥ずかしく、かわいそうと思います。創価の外にはステキなことが沢山ある!いい人だっていっぱいいる!楽しいことが沢山ある!なんで気がつけなかったのだろうと考える前に、自分を信じて生きてみることにしました。誤って自殺しないで良かったです。自殺を止めてくれたお父さん、ありがとう!まだまだ創価びたりで人に迷惑かけて罪つくりまくりだけど、ひと一人を救った善行の大きさは計り知れない。閻魔様が天国へ行かせないと判断したら、私が「あんたはこんな良い人地獄へ送るんかいな!」と一筆書いたる。

創価に出会ったことは、それだけ他の人より学ぶ機会を与えられたと思い、感謝しながら生きていきます。学べるということは、すごいことです。学べずに毎日を淡々と生きる人もいるのですから。一時は谷に落ちることがあっても、どん底まで落ちたら、もう落ちることはできません。あとははい上がるだけです。山あり谷ありは、天からの贈り物かもしれません。

皆様、長くお付き合い下さりありがとうございました。コメントやメールなどで直接接点を持てなかった方々もたくさんいらっしゃると思いますが、全ての皆様の今後の幸せをお祈りしております。ご自分の手で、幸せをつかんで下さい。本当にありがとうございました。
posted by ありさ at 17:31| Comment(9) | 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月17日

ブログ更新中止のお知らせ

長い間お世話になっておりました「一行日記」「一行日記*二冊目」を
2007年5月末をもって、更新を中止させて頂くことに致しました。
メールやコメントを下さった方、どうもありがとうございました。

尚、同時にご相談も終了させて頂きます。
それまではメール、コメント共に責任を持って対応させて頂きます。
二冊目についてはもう更新はございませんが、一行日記につきましてはリンクの管理は継続させて頂く予定です。

長い間お越し下さいましてありがとうございました。
皆様の創価問題が一日も早く解決されます様、心よりお祈り致しております。
posted by ありさ at 12:21| Comment(7) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月25日

<おすすめ書籍>自由って、なに?

最近読んだ本の中で、気に入った本です。
こども向けの哲学書ですが、こころの迷いがほぐれます。



自由って、なに? オスカー・ブルニフィエ (著), フレデリック・レベナ (イラスト), 西宮 かおり (翻訳)
posted by ありさ at 09:59| 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ン十年の洗脳は恐ろしい

昨日は父と創価について討論会。

うちの父は、創価が団体である意味はないと言っている会員で、
創価の活動はイヤだが、仏教の信仰は持っているという人。
でもン十年のマインドコントロールは凄まじいもので、
今だに罰論を信じきっている。聞いて呆れる。

うちの父は昔、創価の悪口をさんざん幹部に訴えて
とことん罰が当たったらしい。
まだまだ、こいつも根が深い。でももうつける薬が無いので放っておく。
とことん罰論を怖がって生きて、初めてそんなもの嘘だと気がつくから。
そういう点では、まだ父は「乗り越えていない」のだ。

私がその当たっちゃった罰に対して「洗脳だ」というと、「それは経験だ」と言う。
そりゃ自分の身に降りかかったことは全て経験となるけれど、
やっぱり罰論を信じている人には、そういう現象を引き寄せてしまうのは当たり前。
類は友を呼ぶとは良く言ったもの。
子供が行きたくないイベント日の朝にお腹が痛くなるのと一緒。

それを経験と言ってしまうのも洗脳の一部だよというと、
ちょっとわかったようで、「偶然起きたものかもしれないしな」と
遠慮がちにボソっと言っていた。

真実に気がつきそうである。でも根は深い。
とりあえずは様子を見る。今は私が幸せに生きられればそれで良し。
勝手だけれど、私には幸せに生きる権利がある。
親の人生は、親が決めればいい。

でも、創価に対してはかなりシビアな目を持っている。
信仰は最終的に自分自身でするものだから、本来団体で活動するべきでない。
次から次へとあれやれ、これやれ、で、仏教の真髄である
「自分を内観する」というヒマを与えられない。
これは仏教を根本とする団体が、一番やってはいけない大きな間違いだ。
だから、自分を内観できない団体など、仏教を真ん中に持ってきてはいけない。
今の創価は、仏教哲学が根本に無い。だから、内観できない。成長できない。
純粋な会員さんたちは、何か忙しくしていれば成長できると勘違いし、
自分の精神を壊したときに初めて、騙されていると気づく。


私が「創価はカルトだ」を連発しても、父は何も言わない。
本当にカルトだと父も思っているのだろう。
カルトはカルトであって、それ以外の何者でもない。

こんな討論会、楽しくも面白くも無いんだけど、
時々親の心理状態をチェックするにはいいかもね。
posted by ありさ at 09:55| Comment(3) | 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

信濃町にはもう行かない

友達と青山でフレンチを食べることにしたので
場所を確認するために地図で確認。

すると・・・青山が信濃町に近いことを思い出した。

少しの間、女子部の間では本部から帰る時に信濃町を通り越して
青山一丁目まで歩いてオサレな散歩を楽しむ、みたいなのが流行った。

今から考えてみれば、青山は流行の先端と言っても過言でないわけで、
そこを時代錯誤のピンクやらブルーやらイエローな人がゾロゾロと団体で歩いていたら
端から見てとってもキショかったに違いない。

もう私は同時中継とか見に行かないし、今の状態はわからないけれど
今でも女子部の皆さんは
「池田先生の大好きなパステルのスーツ」を着て
「池田先生の大好きな黒髪のショートヘア」で
幹部会に出席しているのだろうか。。。


今はもう「信濃町」という言葉を聞いてもアレルギーを起こしませんが
どんな病気でも慶応病院だけには行かないと決めています。
posted by ありさ at 16:50| Comment(0) | 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月02日

いつもだけど選挙で騒がしい

世の中の一般市民の皆さんは、たぶん選挙カーがうるさい位のレベルだと思うのですが
うちは万年選挙事務所なので、超うるさい極まりないです。
また当日は朝6時とかにうちに集まっちゃうんだろうね・・・
学会員の皆様、私の安眠だけは妨害しないで下さいませ。

やっぱり選挙といえば、「右向け右で公明党に投票」が学会員さんですが
ここのところ、なんだか可愛そうに思えてきました。
自分の目で候補者を見て、自分の耳で候補者の演説を聞いて、
各党のマニフェストを読んで、という作業はしたことないと思います。
他党のことで流れてくる情報はとんでもなくマイナスなものだけで、
一時は「共産主義のこんなところが悪い!」みたいな勉強会やってました。
マイナス情報しか与えられないと必然的に公明党が良い党になるわけで
そういう偏った情報で会員さんたちは踊らされちゃってます。
せっかくの選挙なのに・・・自分の意思で候補を選ぶことも出来ない状態ですね。

ちなみに野党だった時は自民党の悪口も物凄い言ってました。
「自民党の支持者は高齢者ばっかりだから、
当日は投票に行けない様に、みんな雨降れと祈るのよ!!!」
あーあ、もう頭がイっちゃってますね。

とにかくどう頑張ってももう票は頭打ちらしいので、
これからの学会を見守りましょう。
posted by ありさ at 14:41| 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

会合がウザぃな

ここの所、うちでの会合が頻繁でウザくなってきた。
選挙頑張るのもいいが、電話もひっきりなしだし(多分F数報告)
こういう時期に家族に盲信がいると落ち着きません。

(※ちなみに「F数」とは、投票をお願いしてYESをもらった人の数です)

最近、内部のFを固めるのに作った地区の表を見たのですが、
私のチェック欄ところが黒く塗りつぶされていました!
ということは・・・「もう手に負えんから対象外」という意味だろう。

ここまで皆に「非活動」を認めてもらうため
頑張って宣言し続けた甲斐がありました!!!
学会の皆様!私の自由を認めてくれてありがとう!!!

(というか、そういうモノをそこら辺に放置して
しらないうちに私に見られている親も親だと思うが)

そういう「塗りつぶされた人」がいるのだから
会合の開催場所も考慮して欲しいものです。
でも会合の場所に自分の家を提供する人は稀なので
やっぱりうちになっちゃうんですよね・・・(涙)
というか活動家じたいも少ないしね。
昨日なんて活動者会のはずなのに、10人居なかったよ・・・

会合といえば、前に私も活動家だった時、
参加していなくても「静かにして邪魔しないようにしないと」と
別の部屋に居ても息殺してました。。。
今では洗面所で水じゃーじゃー出して顔を洗っちゃうわ、
楽器の練習とかしちゃうけどね。
でも最後の題目三唱を30人でやる声の大きさよりは
私のヘタクソ楽器の方がよっぽど静かな気がするが。
posted by ありさ at 14:12| 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

拝啓、母上様。

選挙が近いということで、毎日のように出かけていきますね。
そして毎晩のFの報告、まったくお疲れ様です。

晩御飯は店屋物やオリジン弁当ですが、
そんなこんなでそういう生活にも、慣れっこです。
でも本当の事をいうと、あなたはまともな料理を作らないので
店屋物の方がうまくて好きだったりするわけで。
posted by ありさ at 15:19| Comment(10) | TrackBack(0) | 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月05日

純粋に外の世界を楽しむ

私が一番恐れること。

それはとても真面目な人が疑問をもって非活動になったとき、
昔言われた「退転は罰当たり」を思い出し続けて
怖気づいてしまうこと。

未来は、人が思うようになってしまうものです。
池田氏も恐らく、独裁政治で自由自在の組織をずっと夢見ていたので
この様になってしまったのだと思います。

だからこそ、罰が当たるなど、思っていてはいけません。
罰などあたりません。そんな話は作り話です。
御書では罰論が書いてありますが、今の学会は御書をないがしろにし、
池田氏がやりたいようにやっているような組織ですので、
今更御書に何が書いてるとかは関係ありません。
学会の言う罰など、存在しないのです。
学会が組織から人を逃げさせないために作った勝手な罰です。

なので、非活動の方は何も恐れず、純粋にこの世界を楽しんでください。
活動に振り回されて深呼吸もできなかったのではないですか?
いつも忙しいので、ちょっと遠回りしていつもと違う景色を見ることなどなかったのでは?
友達と外で会っても、いつも「いつ仏法対話しよう」と考えてて
せっかくの美味しい食事を無駄にしたのではないですか?
3ケタのお布施(ご供養)をするために、着たい服を着れなかったのではないですか?

そんなことを言うと、会員の皆さんは「学会の外ですることは全てむなしいこと。無駄に時間を使うのは本当に無駄。お金も無駄に使うのならご供養したほうがよっぽど有意義」とおっしゃるかもしれません。

けれどその中に幸せなどあったのでしょうか?
心からいいなぁ、ステキだなぁ、楽しいなぁ!と思ったことはあるのでしょうか。
3ケタのご供養をして優越感に浸れたのは、会合の体験発表で
「お陰様で3ケタできました!」と胸を張って言えることだけではないでしょうか。
その話は外に出せばただの大バカ者の話です。みんな白い目です。
一般の人は3ケタのお金があるのなら、
旅行に行ったり、住宅ローン返済します。
使途不明な宗教法人の収入に加担したりしないのです。

美味しいものを、楽しい仲間と食べたときの幸せ。
読みもしない学会書籍を買わないで、読みたかった漫画を買った楽しさ。
着たかった服を買って、街を歩いた楽しさ。

人にはこういう小さな幸せが大切なのです。
世界平和ももちろん大切だけれど、
世界が平和になるためには、皆が楽しく、穏やかでいないといけないのでは?
学会内部のように喧々囂々は一番平和への回り道なのでは?

だから、外の世界を楽しみましょう!
posted by ありさ at 15:58| 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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