「一行日記 *二冊目*」へようこそ。

 盲信・母に、まだ創価に片足を突っ込んでいる父。嫁に出た非活動・妹。
 まだまだ創価に囲まれっぱなしですが、それでも毎日生きてます。


 <このブログの更新は2007年5月31日をもって終了致しました。>
 長い間どうもありがとうございました。

2007年02月19日

幸せってなんだろう

突然ですが、幸せってどこにあるのでしょうか?


ここにお越し頂いた皆様は、もうどこにあるのかわかる方です。
ただ、迷って、視界が曇っているだけなのです。
創価学会という霧が、心の視界を曇らせるのです。


幸せは、自分の中にあります。
他の人が持ってきてくれるわけではありません。

もし神様仏様が持ってきてくれたと信じられる人は、
心から信仰を自分の中心にしている人です。
いわゆる「盲信」です。

幸せは自分の考えや心の豊かさからくるものです。
今「学会から離れられて幸せだな」と思える人は
これからの人生、学会なしでも生きていくことが出来ます。
自分が人生の羅針盤そのものと気がついたからです。
自分が幸せかどうか、自分が決めるものです。


時には人生のパートナーはこの人だ!と思える人もいるでしょう。
こんなチャンスは滅多にありません。
結婚を考えることが出来る相手は、そうそう見つかりません。
この人と一緒に居たい、ずっとそばに居たい、
そんな相手は貴重ですし、その感情を手放すなんて出来ません。
人間としてとても素晴らしいことだからです。

そんな時、周りの人に「あの人は違う宗教だから別れろ」と言われても
宗教は人への付加部分ですので、人間として好きなのであれば
別れるなんてもってのほかです。
当たり前のことです。好きなんだから、離れたくない。
ずっと一緒に居たいから、居る。
それのどこが悪いのでしょうか?


>かずさん

きっとかずさんは今まで良い子で育ってこられた方だと思うので
小さな頃からたまってきたものがあるのだと思います。
私はオーバーフローして病気になりましたが、
もし吐き出せる機会があるのなら、吐くにこしたことはありません。
親は一番近い存在です。産んで育ててくれた存在。
それなのに何を遠慮することがあるのかと、私は思います。
ちなみに私は今は色々なことを言いまくっています。
親はそれをハイハイと聞いています。
今まで聞かなかった分ちゃんと聞け!って怒りましたから。

心は通じます。真剣な人に皆は心を揺さぶられます。
ですから真剣に、率直にご両親と向き合って、
ぶつかってみて下さい。
かっこ悪くても、人間が人間であるので、全然かまわないです。
かずさんは決して間違っていません。
かずさんが進もうとしている生き方は、
人間として最も大切なことだと思います。
たった一度の人生、自分の決めたように進みたいではないですか?

応援しているので、真っ向からぶつかって行って下さい。
誰がかっこ悪いと言おうとも、私はかっこ良い認定証授与します!

posted by ありさ at 17:06| Comment(4) | TrackBack(0) | ご相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ありがとうございます
自分を信じて前に進んでいきます
ありささんからのかっこ良い認定証を持って
Posted by かず at 2007年02月20日 12:37
初めまして。現在、あなたと同じ学会三世の者です。僕の方は、組織でバリバリに納得のいかない部分には文句をたれて、楽しく健康的に過ごしています。この前も、森山学生部長という、大物幹部に対して、選挙のことでぶちきれてきました。楽しかったですよ。

>幸せは自分の考えや心の豊かさからくるものです。
今「学会から離れられて幸せだな」と思える人は
これからの人生、学会なしでも生きていくことが出来ます。
自分が人生の羅針盤そのものと気がついたからです。
自分が幸せかどうか、自分が決めるものです。

その通りですね。幸せは、自分自身の中にあるものですし、自分が何が幸せかを決めるものです。そもそも、釈迦の説いた仏教は、そうした人間の物の捉え方、心のあり方を教えているものですから。自分で考えて、自分が大切なものを見つけていく。それが何より大切なことです。

面白いのは、あなたと同じようなことを池田先生も言っていたことです。何かの話に、「人を信じてはいけない。人の心はいつも揺れ動いている。だから、自分自身の心を信じて、生きていくことだ」と言っていました。

ちなみに、これって一種のパラドックスって気付きます? 「人を信じてはいけない」だったら、じゃあ、日蓮を信じることは人を信じることだし、池田先生を信じることは人を信じることになる。じゃあ、日蓮や池田先生は絶対ではないんだってことを自分で言ってしまっていることになりますよね。

なのに、学会内では日蓮や池田先生が絶対。不思議ですわ。

僕が学会で活動するのは、本来の仏教の意義を認識してもらうことを学会員にしてほしいからです。つまり、自分で考え、行動すること。それを組織の外ではなく、内からやりたいのです。

組織の外から言うと、すぐに学会では聞く耳を持たなくなります。あえて組織の内部からやると、結構聞いてくれるもんです。

ま、聞かない人もいますけど。。。

Posted by 雄太 at 2007年02月25日 04:16
>かずさん

かずさん自身は、かずさんが誰か他人を心配することくらいに尊い存在です。
それを忘れずに、前に進んで下さいね!
Posted by ありさ at 2007年02月27日 11:26
>雄太さん

そうですね、人って考えようによっては紙一重なのだと思います。
学会で生活を楽しんでいる人もいらっしゃいますし、そういう方はどうぞ楽しんでくださいと思います。
ただし、他人に迷惑をかけなければ。
私も池田氏も、根本的な哲学が同じでも、進む方向が違ってしまった、そういうことだと思います。
その進む方向が違ったため、こういう結果になったのだと。

雄太さんもブチ切れお疲れ様です。私も内から外からかなり言いたいこと言ってます。常識的に見ておかしなことを言っている人には、やはり言い聞かせるべきです。

お返事はこんな感じでよろしいでしょうか?
これ以上は書くことがありません。
Posted by ありさ at 2007年02月27日 11:33
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