「一行日記 *二冊目*」へようこそ。

 盲信・母に、まだ創価に片足を突っ込んでいる父。嫁に出た非活動・妹。
 まだまだ創価に囲まれっぱなしですが、それでも毎日生きてます。


 <このブログの更新は2007年5月31日をもって終了致しました。>
 長い間どうもありがとうございました。

2007年04月25日

ン十年の洗脳は恐ろしい

昨日は父と創価について討論会。

うちの父は、創価が団体である意味はないと言っている会員で、
創価の活動はイヤだが、仏教の信仰は持っているという人。
でもン十年のマインドコントロールは凄まじいもので、
今だに罰論を信じきっている。聞いて呆れる。

うちの父は昔、創価の悪口をさんざん幹部に訴えて
とことん罰が当たったらしい。
まだまだ、こいつも根が深い。でももうつける薬が無いので放っておく。
とことん罰論を怖がって生きて、初めてそんなもの嘘だと気がつくから。
そういう点では、まだ父は「乗り越えていない」のだ。

私がその当たっちゃった罰に対して「洗脳だ」というと、「それは経験だ」と言う。
そりゃ自分の身に降りかかったことは全て経験となるけれど、
やっぱり罰論を信じている人には、そういう現象を引き寄せてしまうのは当たり前。
類は友を呼ぶとは良く言ったもの。
子供が行きたくないイベント日の朝にお腹が痛くなるのと一緒。

それを経験と言ってしまうのも洗脳の一部だよというと、
ちょっとわかったようで、「偶然起きたものかもしれないしな」と
遠慮がちにボソっと言っていた。

真実に気がつきそうである。でも根は深い。
とりあえずは様子を見る。今は私が幸せに生きられればそれで良し。
勝手だけれど、私には幸せに生きる権利がある。
親の人生は、親が決めればいい。

でも、創価に対してはかなりシビアな目を持っている。
信仰は最終的に自分自身でするものだから、本来団体で活動するべきでない。
次から次へとあれやれ、これやれ、で、仏教の真髄である
「自分を内観する」というヒマを与えられない。
これは仏教を根本とする団体が、一番やってはいけない大きな間違いだ。
だから、自分を内観できない団体など、仏教を真ん中に持ってきてはいけない。
今の創価は、仏教哲学が根本に無い。だから、内観できない。成長できない。
純粋な会員さんたちは、何か忙しくしていれば成長できると勘違いし、
自分の精神を壊したときに初めて、騙されていると気づく。


私が「創価はカルトだ」を連発しても、父は何も言わない。
本当にカルトだと父も思っているのだろう。
カルトはカルトであって、それ以外の何者でもない。

こんな討論会、楽しくも面白くも無いんだけど、
時々親の心理状態をチェックするにはいいかもね。
posted by ありさ at 09:55| Comment(3) | 創価学会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
相談しているhastaです。

先日、ありがた池田先生からの手紙を彼の両親がうつ病療養中の彼に郵送してきました。

大阪での講演か何かのスピーチだったようですが、
「たとえば、自分のだんなの給料が50万になったらいい、とか70万になったらいいではなく、なるんだ!と信じてご本尊に祈るのです、そうすると生命が宇宙とつながって必ず叶う」
みたいなことが書いてありました。

夢としてではなく、目標として掲げて絶対なる!と信じると実現しやすくなるというのは確かにあると思ったんですけど、これってこの人が言うことなのかなぁ・・って単純に不思議な気持ちがしました。

信仰は心のよりどころであって、「祈れば叶う!だんなの出世も欲しいものもみんな手に入る!」って指導者が言うことなのかな・・・って

ありささんの日記を読んでいて私が不思議に思っていたことの答えがでました。

やっぱり結局カルトなんですよね・・・

それと連立した自民党で国を動かしている。
これってやっぱりすごくすごくおかしなことな気がすると、改めて思ってしまいます(選挙結果をみてて)。
Posted by hasta at 2007年04月25日 10:31
はじめまして。つい最近からロムらせてもらってます。
ありささんの文章はとても読みやすくて分かりやすくて、すっと入ってくるので好きです。
応援しています。
Posted by A at 2007年04月25日 22:57
はじめまして。じょんと申します。
私は学会二世です。
一時期地区リーダーをやらせていただきましたが、今は非活動家です。

いつもこっそり拝見していたのですが、今回の記事は私が感じていたことズバリだったので、思わずコメントしてしまいました。

>「自分を内観する」というヒマを与えられない。
ここです。私も自分がやっている事が正しいのかよく考えず、題目をあげて直感で思いついたような考えで行動し、後悔する事がたびたびありました。

妄信っていうんですかね。
信仰から離れた後に、自分の後先を考える力のあまりの無さに愕然としました。(特殊なケースかもしれませんが・・。)

今は自分の頭で考えて、自己責任で動く事を意識しながら、少しづつ自由になってきています。

学会員みんなが内観するようになり、自分の周囲の状況を冷静に見るようになったら、学会は終わるでしょうね。

#上に書いた事と矛盾するかもしれませんが、私は母親には信仰を続けてほしいと思っています。
母にとっては唯一にして最高の拠りどころだからです。
選挙や新聞啓蒙を始めとした(これが”始め”ですよね^^)活動に没頭し、充実感を得てきた人です。「この信仰を貫けばいつかはきっと幸せになる」と信じています。
それを失ってなお、現実と向き合って生活を続けていく気力は無いと考えています。

このまま信仰を貫き、真偽に拘らず幸せなまま、寿命を全うしてほしいと思っています。

私は創価学会は絶対悪ではないと思っています。
会員は考える暇もなく活動させられることでネガティブな考えをする暇も無く、
マインドコントロールにより絶望的な状況から目を逸らせるからです。

そうしないと、現実の辛い時期を生きて乗り越えられない人もいるかと・・・。(私の母親がそうです)

母は活動を行う中でたくましく、賢くなった部分もあります。
そういって意味では、私は学会に感謝もしているのです。複雑です。^^

とりとめなく長い話ですいません。
どうしても誰かに聞いてほしくて、書き綴ってしまいました。
この場を与えてくださったありささんに心から感謝いたします。
ありがとう。










Posted by じょん at 2007年04月28日 19:44
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